2007/03/29

コミュニケーションのプロトコルが違うと言うこと

つまりは、そういう事だ。

尊敬と協調が主体となる場合もあれば、暴力と脅迫が主体となる場合もある。
もちろん、その間に沢山のバリエーションがありうる。

それぞれが駆使できるプロトコルの範囲でネゴシエーションをするしかない。
日本語とスワヒリ語では会話にならない様なものだ。
たとえ自在に駆使できなくとも、英語を利用する事になる。

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